« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年10月

アメリカ文学史とイギリス文学史

最近、アメリカ文学史とイギリス文学史の作品を読んでいる。

アメリカ文学史ではジョナサン・エドワーズベンジャミン・フランクリンの宗教観の違いが面白い。例えば雷がゴロゴロゴロ!!thunder光った時に、ピューリタリズムに活を入れようと大覚醒運動の先頭に立ち、天の道を厳しく説いたジョナサンは「神が怒っている!」と言ったのに対して、避雷針を発明するなど富への道を説いたフランクリンは「あれは電気だから!」と言ったことである。

他に、19世紀半ばアメリカン・ルネッサンス時代のエマソンのトランセンデンタリズム:Transcendentalism (超絶主義)には感銘を受けた。特に天にしか神がいないという時代に、神はいっさいのものの中に存在し、人間の魂にも神性がやどっているので自己の良心の声に従って生きよという思想が素晴らしいと思った。でも、時代的に、都合の良いように楽観的に捕らえて自己中心的な者も現れたりもしたが。個人の中に神が存在するというのはこの時代には画期的だったのだろうと思う。

シカゴ・ルネッサンス時代のシャーウッド・アンダーソンは、英語は間違いだらけで有名だが、彼の作品は時代変えた画期的な作品として絶賛されている。その特徴は、選び取った真理を唯一のものとして主張すればするほど、その狭いものの見方が原因で人からは奇妙に見られることがあるというグロテスク観である。これには考えさせられるものがある。私にはエッシャーのトリックアートを想像させる。

型破りの詩人でベストセラーになったホイットマンディキンソンだが、両者が正反対の思想(楽観的、自由、平等、民主主義、全てを肯定、直線的⇔根暗、奥深い、自己卑下、欠乏の美学、螺旋的)がまた面白い。

ロスト・ジェネレーション時代(1920年代~30年代)ではフィッツジェラルドの時代にマッチした作品は有名でThe Great Gatsbyは映画でも有名。特にヘミングウエイは代表的な作家で、沢山の映画が有名。『誰がために鐘は鳴る』『武器よさらば』『キリマンジャロの雪』が生死がテーマで感動的だったが、『インディアン・キャンプ』は5頁しかないが、深く重く考えさせられる物語だった。

イギリス文学史では、チョーサーのカンタベリー物語が愉快だ。『バースの女房』が特に面白い。映画のストーリーとは全く違うので、映画を見ると幻滅する。特に最後の女房が言った言葉がイキなのだ!!ネタバレになるので読んだ方のお楽しみに!

イギリス文学史の作品は沢山の有名な面白いものが多い。シェークスピアは、韻律が美しく、原文は音楽のように心に響く。現代ならラップというところだろうか。

ミルトンの『楽園の喪失』は男女や夫婦について考えさせられる。もうすぐハリウッドで『楽園の喪失』が映画化されると聞いたので楽しみだ。

スウィフトワーズワスハーディジョイスポターオースティンブロンテ姉妹ディケンズローレンスは好きな作品が多くキリがない!! これらを語ったら、長くなるのでまたの機会にo(*^▽^*)o

C.S.ルイスの作品も『ナルニア物語』で有名だが、私は、彼が最愛の妻ジョイスを亡くしてから執筆した 『悲しみをみつめて』と.『永遠の愛に生きて』の原題『Shadowlands:影の国よさようなら』、『四つの愛』が感動的で、大好きだ。ルイスは宗教学者としても有名だったが、最愛の妻ジョイスを失った時は、神を信じ、説いてきた自分であったのにもかかわらず、苦悩に苛まれる日々だった。そしてそこからどう立ち向かっていったか、この作品から「本当に愛する」ということを、彼なりに導き出したとても参考になる哲学が書かれている。特に愛する人を亡くした人にはこの文学作品はとても感慨深い。

ただし、原文の方がわかりやすい。訳本は、時代が昔なため、少々堅い、日本的表現でわかりにくいところもある。。。。。。<(_ _)>

それから『ハリー・ポッター』は、この『ナルニア物語』に影響されている作品なのだが、世間の人々は『ナルニア物語』が『ハリー・ポッター』のまねをしていると思われているようだ。

長くなったので、今日はここまで゚+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「大和し美わし」という詩を聞いた。

『 大和は 国のまほろば たたなずく
       青垣 山隠(ごも)れる 大和し 美わし 

『古事記』に倭建命(やまとたけるのみこと)の国思歌(くにしのびのうた)

(大和は、国のなかで最も秀(すぐ)れた国だ。重なり合う青い垣根のように、連なる山々に囲まれた大和はなんと美しいところか。)

                                  or

(日本は、国土そのものが活気凛々とした神霊が湧き立つ霊的磁場である。青々とした緑したたる山々に囲まれた日本は実に美しい)

この句は、武尊が東国遠征からの帰途、伊勢国、能襃野に至って、伊勢で亡くなる時に、故郷大和の国を偲んで詠んだ、辞世の句。

古事記の中では、ヤマトタケルが亡くなるときに大和を偲んで歌ったということになってるが、もともとは、「大和で国見をしたときに、大和の国の土地の神様に、今年も農作物がよく取れますように」という願いを込めて、神様を褒め称えた歌なんだそうです。

【聞いた話ですが…】

      downwardright

    「大和の国は、もう日本中で一番美しい場所です」 

   「どうかこのようにすばらしい土地ですから、秋には

     作物をいっぱい実らせてください。どうぞよろしくお    

         願いいたします。」

という祈りをこめた歌だったんだのだそうですが、いつの間にかに、「ヤマトタケルの絶唱」になったと言われているそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

地球が生まれてから2回目の北極壊滅…?!

どうなるの?北極?
どうなるの?地球?
どうしたらいいの?

北極の氷、13年以降に消失も=温暖化加速で夏に-WWF              
               10月22日0時44分配信 時事通信

【モスクワ21日時事】世界自然保護基金(WWF)は21日、地球温暖化が加速し、北極海の海氷が2013-40年に、夏には完全に消失する可能性があるとの報告を公表した。北極海の海氷が夏に消失するのは、過去100万年以上見られなかった現象という。
 国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は昨年、第4次統合報告で海面上昇などが起きるとして地球温暖化に警鐘を鳴らしたが、WWFの報告はこれより30年以上早いペースで北極海の海氷の消失が進むと予想した。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081022-00000005-jij-int

北極圏の気温が5度上昇、記録的な水準に=米報告書
                 
10月17日16時12分配信 ロイター
     
米海洋大気局(NOAA)などの専門家らは16日、海氷の消失などで北極圏の気温が記録的な水準にまで上昇しているとの報告書を発表した。
 今回発表された年次報告書によると、北極圏の気温は、通常の水準を5度ほど上回った。近年に多くの海氷が溶け、海面が太陽光を吸収しやすくなっていることが要因とされる。
 NOAAの太平洋海洋環境研究所の海洋学者ジェームズ・オーバーランド氏は「北極圏の変化は、さまざまな要因によるドミノ効果がほかの地域よりも示されている」と述べた。
 米コロラド大学の米国立雪氷データセンターは先月、北極圏の海氷は今夏、観測史上2番目に小さい面積に減ったと発表していた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081017-00000753-reu-int

| | コメント (0) | トラックバック (0)

心が癒される★オススメの1曲★

Secret Garden moongate

大自然・大宇宙を感じるような、心が洗い流されるような、美しい気持ちになり、癒される曲です。

北欧から、透明で懐かしい「心の音楽」。ノルウェーとアイルランド、両国の伝統楽器とクラシックの楽器が織りなすハーモニー。その音楽に瞳を閉じれば、そこには刻々と表情を変える自然の風景が映し出される。そのイマジネーションがシークレット・ガーデンからの贈り物。 そして、それが心癒し、気持ちをリセットさせてくれる原動力になる。 作曲家のラルフ・ラヴランドは、パートナーであるヴァイオリンのフィンヌーラ・シェリーに出会ったとき、「春の日の露のように瑞々しかった」と語っている。 その新鮮なときめきに出会える。シークレットガーデン(Secret Garden)はアイルランド/ノルウェーのニューエイジ・ミュージック、新古典派音楽を演奏する二人組。アイルランド出身のヴァイオリニスト、フィンヌーラ・シェリー(Fionnuala Sherry)とノルウェー出身の作曲家、ピアニストのロルフ・ラヴランド(Rolf Løvland)によって提供されている。 日本では基本的にインストゥルメンタルの楽曲が多い為か、癒し系音楽として分類される事もある。 1994年に発売されたアルバム内の楽曲「ノクターン(Nocturne)」が1995年のユーロビジョン・ソング・コンテストでグランプリに輝き、これを切っ掛けに1996年に「Songs from a Secret Garden」でメジャーデビューを果たし、このファーストアルバムは世界中で百万枚以上を売り上げ、 ノルウェー、韓国でプラチナディスクを、アイルランド、香港、ニュージーランドでゴールドディスクを獲得している。 また、シークレットガーデンのアルバムは、1996年-1997年にかけて、アメリカ合衆国のビルボード・ニューエイジ・チャートでも長期に渡ってチャートインしている。『フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)他』

| | コメント (0) | トラックバック (0)

耳鳴りになったUAEでのインディアミュージックNo.4

「ホーネヒーサクタ」

この曲は、インド人が沢山いるところで尋ねたら誰でも知っているほど、有名な曲です。これで、UAEで、たくさんのインド人の友人ができました。歌は世界をつなぐ。

Ho Nahi Sakta

| | コメント (0) | トラックバック (0)

耳鳴りになったUAEでのインディアミュージックNo.3

ヒンズー教の伝統的な踊りは幻想的で美しい。これをベースに現代的(西洋的)な要素を融合させたものが、現在のインドポップスの踊りなのですが、この振り付けが何か滑稽(失礼<(_ _)>)な感じを与えます。
極端な言い方をすれば、ラッキー池田の振付けを非常にスタイルが良い高度なテクニックをもったダンサーが表現しているという感じです。
インドポップスは音楽と、ダンスとも世界に例をみない非常に個性的な芸術です。でも、私個人的にはインドポップスよりは変調子連発のインド伝統音楽の方が好みです。

Pardesi Pardesi Jana Nahi - Raja Hindustani
「pardesi pasrdsi・・・」
のpardesiの意味は、日本語訳すると「外国から来た人」です。

Raja Ko Rani Se

伝統インディアンダンス・ミュージック

HJ1:Authentic (real) Bharatanatyam Bharatnatyam Indian dance

インドの子供のミュージックは美しいです。

Devotional Krishna Song-Sung Beautifully

| | コメント (0) | トラックバック (0)

UAEで好きだったインディアミュージックNo.2

♥♥ Yaara O Yaara ♥♥

ミレニアム前後、ずっとNO.1を確保していた曲。

日本人の私からしたら、「またこの曲?」と思うことも

ありましたが、そのうち、耳鳴りになりました。

いつでもどこでも聞こえるようになりまして、

いつのまにか好きになりました。

「my lover」heart02の意味だそうで、男女どちらからでも使えるそうです。

それにしても、インドミュージックのダンスは滑稽ですが・・・

インド映画(ボリウッド)で歌われている曲は、映画の女優俳優

は歌っていません。別のプロの歌手が歌っています。

これが、インド映画ボリウッドの特徴です。

美しい女優俳優だからといって、歌も美しいとは限らないのです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

UAEで好きだったインディアミュージックNo.1

Made_in_indiaalisha_chinai 下記のAlisha Chinai Made in India
という曲が私が好きな曲の一つです。

このアリーシャ・チナーイは、日本でいうと松田聖子さん、アメリカでいうとマドンナのような存在だそうです。http://en.wikipedia.org/wiki/Alisha_Chinai

Made_in_india これはインドのポップス。日本で言うところの歌謡曲でしょう。
インド映画の曲とはちょっと違います。(これについてはまた次回。インドポップスは少々特殊というか…、ちょっとコッケイでもあります。それがまた変わっていて面白くもあります。)

UAEはあちこちインド人を見ることができます。
(自国民は20%。インド人40%)。インド人のお店も沢山みかけます。テレビでもインドミュージック番組が多いです。カセット・CD屋も多く、沢山のインド人が買いに訪れます。インド人はインドミュージックが好きなのはあちこちでわかります。インドミュージックは基本的には全てダンスミュージックです。道ばたでも、スーパーマーケットでも病院でも、インドミュージックが鳴ると、おじさんもおばさんも、お爺さんもお婆さんも、若い人も突然踊り出したりしました。
その中で、人気だった曲で、私も大好きな曲を紹介します。MADE IN INDIA!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Ahlam(アハラム)という名前

ここで、私が、なぜ、「Ahlam:アハラム」という名前にしたか、ここで書きましょう。
ピラミッドという呼び方は欧米風の呼び方であり、エジプトではアハラムと呼ばれている。
アハラムというのは, 「夢」という意味。 (パレスチナ)
名前で使われます。

UAE(アラブ首長国連邦)のアブダビに住んでいたとき、私が最も好きだった歌手の名前です。(Ahlam Ali Al Shāmsi )とても有名なのですが、現地では全てアラビア語で意味が彼女の歌の意味がさっぱりわかりませんでした。特に好きな曲は、絶対に日本でもウケそうな曲に感じましたが、現地でそれを日本語でわかりやすく教えられる人がいませんでした。特に「ハーナジブー」と聞こえる所が面白くて好きでした。
やっと、見つけました。
下記のURLの「ahlam46.ram」をクリックすると歌が聴けます(Real Player)
  ↓
http://gulf.salmiya.net/songs/ahlam/ram/ 
「 ahlam46.ram   11-Mar-2007 08:47   1k  」

Ahlam arabic singer from dubai : في مهرجان الدوحه من اكون

これはステージバーションです。実際はもっとアップテンポです。

アルバムの表紙(Kaif Artha (1997, Funoon Al Emarat) )だけどうにか見つけられることができましたので画像を貼り付けます。
私はこの曲を耳で何度も何度も聞いて、覚えました。現地ネイティブの友人に聞いてもらいましたが、発音が所々間違っていましたが、かなりいいと褒めてもらいました。
他に「ahlam44.ram 」も時々鼻歌で歌っていました。

http://en.wikipedia.org/wiki/Ahlam 
Ahlam Ali Al Shāmsi (Arabic: أحلام علي الشامسي‎) (born February 13, 1969), commonly known as Ahlam (Arabic: أحلام‎) is a leading female singer from Bahrain who became a UAE citizen in 1996. She has 9 albums to her name, and is popular throughout the Middle East, particularly in the Gulf region.

Birth name Ahlam Ali Al Shāmsi
Born February 13, 1969 (1969-02-13) (age 39)
Origin Bahrain, United Arab Emirates
Occupation(s) Singer
Years active 1994 - present
Website http://www.ahlamvoice.ws/

Ahlam97

| | コメント (0) | トラックバック (0)

もう一つ不思議?なことが起きた…

【 追 伸 】

前回の父の危篤のお話にもう一つ追伸がありました。

そのもう一つ、不思議なことというのは…

父の危篤後、3日目になったら意識が明確に
回復してきました。泊り込んでいましたから、
3日目に母が一旦家に帰りました。
その後母からビックリニュース!!

今までどんな環境でも死ななかった金魚2匹
が、死んでいました。ずっと、適温で、水槽
の環境も丁度いい状態でした。高齢でもない
し、。

しかも、庭に父が昔植えた、現在は膝ほどの
高さまでなった木が、その木だけすっかり
枯れていました。この3日の間に。  母は、

「これは、身代わりになったんじゃないか…」

と言っています。
定かではありませんが、不思議でした。
金魚は家の前にある植木の土に埋め、新しい
金魚を買ってきました。今も元気に泳いでいます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

これは奇蹟か、何か、まか不思議…

9月中旬、「父危篤」と連絡を受けました。地元の大病院の
CCUで、何人かの医師がチームになって父を観てくれまし
たが、もう「覚悟して下さい。呼べる家族は呼んで頂いた
方がよいです。」と、宣告されました。

喪服を準備して急遽、福岡に戻りました。聖経を読み、ずっ
と祈り、そして身体をさすってあげました。私も過去、病院
で働いていたことがあり、今まで何十人もの危篤患者や死の
立ち会いも直面してきました。だから、目の前の父が今どん
な状態かすぐにわかりました。

それでも、何も考えず、ただ、無心に祈りながら父をさすり
ました。

しばらくして、「お父さん、ゆうこよ、お父さん、聞こえる?
お父さん!」と、手をにぎると、わずかに反応がありました。

急いで、医師や看護師を読んで、バタバタとまたいろいろと観
察・処置をしていました。

昔、ターミナル(末期・終末期専門)病院で働いていた時、癌
末期で、麻薬剤がもうこれ以上使用できないという患者さんが
いたのでしたが、毎夜毎夜激痛でナースコールが止まりませんでした。
夜間は看護師の人数も少ないので、その患者さんだけに常時
かかりつけになるわけにはいきませんでした。その為、私はあ
る日、その患者のそばに行き、激痛を訴えている部位をさすっ
てあげました。
ところが、何回か続けている内に、薬も効かない患者が、手で
さすっただけで、ぐっすり眠ってしまいました。もう随分昔の
ことですが、今でも当時のことをはっきり覚えています。

だから、私は父の身体を祈りをこめてさすってあげました。日
に日に回復してきましたが、

医師の方々は、検査データを見て、

「ご家族を目の前にしてこんなことを言いますのは申し訳ない
のですが、こんなことがあるはずがないです」「なぜだかわか
りません。原因不明です」「見かけはよく見えているが、もう
すぐに亡くなっても良い状態なんですよ」「例え良く見えても、
とても危険な状態なんですよ」etc.と言われました。

ところが、やはり日に日に意識が回復して動けるようになり、
体中にスパゲッティーのように着いていた管が抜かれるよう
になりました。ついに、一般病棟にまで移り、少し手伝えば
ヨーグルトを持って食べれるようになるまで回復しました。

担当医師が、

「本当の事をいうと、信じられないんですよ。あの状態でこん
なに回復した患者さんを見たことがありません。いろいろ調べ
ましたが、原因不明なんです。なぜこんなに回復したのか。何
かされましたか?」 と。

お墓参りしたこと。お経を読んだこと。祈りながら身体をさす
ったことをお話ししましたら、医師は首を振っていました。

お蔭様で、十分な介護が出来、元気な姿を見ながら東京に帰
ることができました。現在は、リハビリが始まっているとの
こと。
だからと言って、年月が立つのは止められないし、自然の法
則を外れることはできませんので、いずれは覚悟が必要です。
けれでも、今回の経験は精一杯の事ができて本当に良かっ
たと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年9月 | トップページ | 2008年11月 »