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2009年5月

2009.5.21 熊野神社境内 伊達政宗の発句

2009.5.21  熊野神社境内   伊達政宗の発句
Hoka 1614(慶長19)年、四月末に碓氷峠を登ってきた伊達正宗は

夏木立 花は薄井の 峠かな

と詠んだ。
 
昔、碓氷峠を越えるのはとても難事だったそうだ。碓氷峠は、日本武尊が妻を偲び、吾嬬者邪と咏嘆したと伝えられるという。
この神社の歴史は大変古く、日本武尊が碓氷峠で霧にまかれた時、八咫烏(やたがらす)の道案内で、無事に峰へ達することが出来たので熊野大神を祀ったと伝えられているそうだ。

聞くところによると、関が原の戦いの後、とどめをさすために徳川を追って、仙台方面から中仙道を通って碓氷峠を越えるのはとても大変だっと言われている。
そんな中で、途中に、伊達政宗は、こんな美しいを歌を詠み書きすることが出来るなんて、大将というのは、ただ強いだけでなく、美しい感性と智慧を持ち合わせてないと多くの人を惹きつけられることはできないですよね。

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長野県小諸「懐古園」の島崎藤村の歌碑に感動!!

2009.5.22 

Hoka 長野県小諸懐古園内にある島崎藤村の歌碑に感動したので紹介。          

長野県で見る藤村歌碑と彼が見た景色を見て、私が学校で、習った島崎藤村のイメージと全く違って、驚きだった。

「小諸なる古城のほとり」 落梅集より-
            島崎藤村

小諸なる古城のほとり(※1)
雲白く遊子悲しむ
緑なす繁縷は萠えず
若草も籍くによしなし
しろがねの衾の岡辺
日に溶けて淡雪流る

あたゝかき光はあれど
野に満つる香も知らず
浅くのみ春は霞みて
麦の色わずかに青し
旅人の群はいくつか
畠中の道を急ぎぬ

暮行けば浅間も見えず
歌哀し佐久の草笛(歌哀し)
千曲川いざよう波の
岸近き宿(※2)にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて
草枕しばし慰む

※1小諸なる古城とは、今の「懐古園」のこと。城の水の手展望台に立つと、城下を流れる千曲川が見渡せる。この城趾にこの歌の歌碑が建っている

※2岸近き宿とは、小諸城趾懐古園の下にある中棚荘のこと。藤村の小諸時代は、鉱泉であったが、その後発掘に成功して38度の弱アルカリ性単純泉を少し暖めて使っている。木製の内湯には、季節にリンゴを浮かべるなどの客をもてなす工夫がある。

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2009.5.22 小諸の懐古園に行って牧水に…

Photo_2 長野県軽井沢近くに小諸城址(懐古園)があり、三の門の料金所の所を入ってすぐの石垣に若山牧水の詩が彫られている。昔は、立て札が無かったが、誰も、この石の詩に気づかずに過ぎ去っていくので、わかりやすい立て札を立てたとのこと。(長野県小諸市桐生町懐古園)
 
石垣の上は二の丸跡で、若山牧水歌碑
 
「かたはらに 秋草の 花かたるらく 
       ほろびしものは なつかしきかな」


直訳:寝ころんだ傍らに咲く秋の花々(秋の七草?)が私に語りかけてきたことだ、とうの昔に滅びてしまったものが懐かしいことだと。

意味:秋は、人に物思わせる季節である。それも、未来への希望ではなく、過ぎ去ったもの、滅び行くものへの思いである。

若山牧水 【わかやま ぼくすい】

明治18年8月24日~昭和3年9月17日。自然主義の歌人であり、
酒、旅、恋、自然などを題材に、愛唱性に富むひびきある歌を作った。

私も、友人に言われなければ、通り過ぎていた。牧水は、この小諸に訪れた時にどんな記憶や思い出を想像したのだろうか…。
季節はこれから夏に入るが、詩の世界では、秋であろうか。
現象というのは、無くなって行くのだよね…。
だから、私達は、その一瞬一瞬を大切にしなければならないね。

永遠に滅びないもの。無限なもの。
それは、肉体が滅びてもつながる、生き通しのいのち…。

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高峰山自然散策で無茶苦茶美味しいクロワッサン!!

2009.5.22
Photo 長野県小諸(こもろ)市に高峰山というのがある。
そこに車で頂上まで行った。
(高峰高原・高峰山2106m)

この道は車坂峠というが、そこにたどり着くまでが、「いろは坂」の様に、
クネクネ曲がり道で、ちょっと酔った。
 
頂上は、まだ雪が積もり、桜も咲いていた。
この日は曇り空で外は寒かった。
 
頂上には高峰高原ホテルがあり、そこで自家製の
クロワッサンを売っていた。頂上にたどり着く
まで、酔って気分不良だったのにもかかわらず、
作りたてのパンの香りに誘われた。     
折角の記念にと思って、話題というクロワッサン
を買ってみた。           

普通のと、チョコ入りの出来たてを食べたが、
こんなに美味しいクロワッサンを食べたことが無いhappy02lovelyheart04という程、超美味だったsign03sign03sign03sign03

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2009.5.20軽井沢熊野神社へ自然満点の散策

800_3 碓氷峠の群馬県と長野県の境にある熊野神社の境内にある「シナノキ(科の木)」。
長野県指定天然記念物になっており、樹齢800余年と伝えられている。
 
説明版によると、

「信濃にはこの木が多く一説には、信濃は科野なりともいわれる。
 シナノキは、日本特産の山地にはえる落葉高木で、樹皮は繊維が
 強いので布・なわなどの料に用いられた。」

とあり、続いて、

 「シナは、『結ぶ・しばる・くくる』という意味のアイヌ語からき
  たものである。」

と書かれていた。

信濃にはこの木が多く、一説には「信濃は科野なり」とも言われているそうだ。

正面よりも、ちょっと横のこの写真側の方が、この木から何となく大きな気を感じる思いだった。折角だから、そのパワーを頂こうと木を抱きしめてきた。さて、この木のパワーが本当に宿ったであろうか…。           (  ̄^ ̄;)ゞsweat01

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旧軽井沢に自然散策でタゴールの詩に驚き!!

2009.5.20

Tagoru

ラビンドラナート・タゴール  (Sir Rabindranath Tagore রবীন্দ্রনাথ ঠাকুর रवीन्द्रनाथ टगोर(ठाकुर)、1861年5月7日 - 1941年8月7日)

アジアで初めてノーベル文学賞を受賞したインドの詩聖タゴールの生誕120年を記念して建立された。

画像の写真の文章は、
  
軽井沢は噴火山のないインド亜大陸の詩人に、つきることのない詩の泉となった。

「神は名もない野の草に、何億年もかけて、一つの花を咲かせ給う」
「大地一面の微笑を咲かせるのは、天地の涙あればこそだ」

タゴールはその後二回日本を訪れたが、最後の講演では 

「自己中心の文明は隣の国民を焼きつくす武器を発明するようになる。

くれぐれも『人類は戦わず』を守るべきだ」と述べ、原爆を予言するような言葉も残した。

一九四一年(昭和一六年)八月七日、広島・長崎の原爆投下やインドの独立を知ることなく、たくさんの作品を残して、その八〇歳の地上の生涯を閉じた。

と書かれている。

タゴールは大に親日家で、戦前の日本に5度も来日した。

タゴールは、日本人が培ってきた繊細な美意識や伝統、自然と調和する心を深く愛した。麗しい国と呼び、憧れさえ抱いていた日本が、日増しに軍国主義化していく当時の姿を目にして、タゴールは人類への愛の立場から、日本の大陸侵略を厳しく批判したいう。
 
来日講演で、
もとより私は、日本が自己防御のための現代的な武器を取得するのを怠ってよいというつもりは毛頭ありません。しかし、このことは日本の自衛本能の必要最小限以上に決して出てはならぬものであります。真(まこと)の力というものは武器の中にあるのではなく、その武器を使用する人々の中にあることを、日本は知るべきであります。もし人々が力を求めるに急なあまり、自分自身の魂を犠牲にしてまで、武器を増強しようとしたならば、危険は敵の側よりも、その人たち自身の側にますます大きくなっていくものであるという事実を日本は知らなければなりません。」(「日本の精神」)
 
日本は、タゴールがアジアで初めてノーベル賞を受賞した時、喝采を送ったが、その歪んだナショナリズムを批判したタゴールの警告には耳を傾けず、悲劇への道をひたすら突き進んでいった。

それでも、タゴールは人生と世界を肯定し、そしてこの世界の中で、自分の死の最後の瞬間まで、この世界を愛するということが、タゴールの宗教観であったようだ。

タゴールは決して山に閉じ籠もったり、或いはまた僧院に閉じ籠もったりして、悟りを開こうとしたのではなく、彼は現実の一人の人間として、生き、そして自分に与えられた生命を最後の瞬間まで生き切るということによって、「人間の宗教」或いは「詩人の宗教」と彼がいった宗教を生きたと言えるのではないだろうか。

タゴールから学ぶことは、この「生き方」だ。
「現実を肯定し、世界を肯定し、また自分に許された人生をできるだけ一生懸命に生きよう」というところだ。(森本達雄名城大学教授より)

タゴールの詩をもう一つ紹介。
   
危険から護られるよう祈るのではなく、
恐れる事なく直面しよう。

わたしの苦しみの納まることを願うのではなく、
それを克服する心をこそ願おう。

人生の戦場で同盟軍を求めるのでなく、
われわれ自身の力をこそ求めよう。

救われることを心配しながら求めるのではなく、
わたしの自由を勝ち取る忍耐をば望もう。

わたしが、人生の成功のためのみに
あなたの慈悲を当てにする卑怯者ではなく、
わたしの失敗の中に
あなたの手の握りを発見する勇者でありますよう。

ラビンドラナート・タゴール、「果物採取」より
川口正吉訳

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2009.5.20軽井沢へ自然散策へ出かけてみた

Miharashi 旧中仙道 熊野神社の帰り
 碓氷峠の見晴台広場の中央部に、長野県と群馬県と表示された県境線がある。
 見晴台には、わが国最古の歌集である万葉集に、碓氷峠の歌が二首のっていた。

 歌碑は碓氷の自然石を使って昭和42年に建立され、表面には読みやすいように
 現代語で刻まれている。

「万葉集の歌碑」は大きい方が原文。

    碓氷峠 万葉集の歌

  日の暮れに
    うすひの山を
       こゆる日は
    せなのか袖も
       さやにふらしつ
                          巻十四 よみ人知らず

  ひなくもり
    うすひの坂を
       こえしだに
    いもか恋しく
       わすらえぬかも
                        巻二十 他田部子磐前

小さい方が、解説版。

   万葉集歌碑

    日の暮に うすひの山を こゆる日は
         せなのが袖も さやにふらしつ                                            (巻14) よみ人知らず


    ひなくもり うすひの坂を こえしだに
         いもが恋しく わすらえぬかも                                             (巻20) 他田部子磐前

当時、山賊や、泥棒やら、いろいろ出たらしい。それでなくても、過酷な山なのに、そんな中で、この街道を通るのはとても大変だったらしい。

千数百年前を偲べば、感慨深いものが胸を突く。

天気がよければ浅間山も見え、とても眺めの良い。当時の旅人達もこの景色に心慰められ、残りの山道を行く勇気と希望に満たされたことであろう。

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■発想の転換PQクイズ■

■大金持ちのアラブの父親が、二人の息子に言った。

「今から10K先のオアシスまで馬に乗ってレースをしなさい。
勝った方に、私の全財産を与えよう。
ただし、遅くオアシスに着いた方の馬の持ち主を勝ちとする。」


二人の息子は、スタートしたはいいものの、
馬を1歩1歩ゆっくりと進めたために、
このままでは、炎天下の中で自分も馬も死んでしまう・・・・・・・
でも親父の財産は欲しい・・・・・・・・・・・
 
一体どうすりゃいいんだ!!

二人の意識が遠のいてきた時に「旅人」が通りかかった。
事情を聞いた旅人は、二人にある提案をした

その提案を聞いた二人は、目をギンギラさせて再スタート。

一目散にゴールのオアシスめがけて、猛ダッシュして行った。
そしてレースはあっと言う間に終了!
一人が約束通り、父親の全財産をゆずり受けましたとさ。

さて、ここで問題です。
旅人が二人にした「提案」とは何だったのでしょう。

(PQクイズ本より)

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話のネタになる、なるほどクイズ

話のネタになりそうな、面白ウけるクイズだよ~~~~ 

■問題■
ある日の午後、凄腕で知られる強盗団のビリーは大金持ちの家に忍び込みました。 
※ダイヤル式金庫開ける~カチャッ!まんまと多額の現金を盗み出し自分のアジトへ戻ったビリー。そこへ1本の電話が。 

親分 「ビリーか?」 
ビリー「あ、親分。今日は大漁ですぜ!ヒヒヒ…」
親分 「よくやった。で、いくら盗んだんだ?」 

※札の山を見るビリー心の声:「…こんなの数えてたら日が暮れちまう」

盗んだ金はあまりに多すぎてとてもじゃないけど数え切れません。 

ところがビリーは…「1時間ください。そしたら、今日の稼ぎがいくらなのかご報告しますよ。」

そして1時間後、ビリーはある方法で全く手間をかけずに盗んだお金の金額を知ることができたのです。
さて、それはどんな方法だったでしょう?????????????????                              

(pq戦略クイズ本より)

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この問題はあなたの「交渉力」が試されるクイズだよ!

ある親子の会話です。

娘「その1万円ちょうだい」

父「ダメだ」

ここで娘は父親から1万円をもらう秘策を思いつきました。

娘「じゃあさ、お父さんがその1万円を私にくれる気があるかないか当てたらその1万円は私のモノ。いい?」

父親は、どちらを言われても「はずれだ」と答えれば、1万円をあげなくて済むと考え承諾。

ところが、娘のある一言で、父親は1万円をあげるはめに。

娘が言った「ある一言」とは何でしょうか~~??

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ダジャレの英語ジョーククイズ

■日本語で、どんな意味でしょうか?■

① Free care cowards to become me zoo note.
   (Full pond doesn't buy to be come means not.) 
 
 To be to be ten made to be!

 You might think but today's some fish.

 My father is my mother.

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PQ戦略で面白いクイズを発見!なかなか賢い!

<この問題はあなたの「危機回避能力」のPQが試される問題!>

①昔、アラブの商人が金貸しから莫大な借金をして困っていた。途方に暮れる商人と
娘を前に2つの小石を拾って、金貸しは娘にこう言った。

「運を天に任せよう。この空っぽの袋の中に、黒と白、2つの小石を入れる。
 お前がその内の1つをつかみ出せ。    
                                    

もしそれが白い石だったら、借金は帳消し。 黒い石だったら、お前は俺の妻になれ」                 

しかし娘は、金貸しが袋に入れた小石が、2つとも黒かったのを見てしまう。                 

さて、娘をとられず、借金を帳消しにするにはどうすればよいでしょうか?

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ギリシャ・古代ローマ時代の真理

ギリシャ・古代ローマ時代、オウィディウスの最も有名な作品の『変身物語』の中に

「ピュタゴラスの教え」というのがある。

それは、シェークスピアや、多くの学者や著名人にインスピレーションや影響を強く与えたことで有名である。
 
その中の一節・・・・・・・
 
『この全世界に、恒常なものはないのだ。万物は流転し、万象は、移り変わるように出来ている。『時』さえも、たえず動きながら過ぎてゆく。それは河の流れと同じだ。河もあわただしい時間も、とどまることはできぬ。波は、波に追い立てられる。同じ波が、押しやられながら進みつつ、先行する波を押しやるように、時間も、追われながら、同時に追ってゆく。こうして、それは常に新しい。以前にあったものは捨てられ、いまだなかったものがあらわれるからだ。そして、この運動の全体があらためて繰り返される。』

~~~

『我々自身のからだも、常に休み無く変化している。昨日の我々、今日の我々は、明日の我々ではないのだ。~~おお、物という物を食い尽くす『時』よ!おまえ達は一切を破壊する。時間という歯にかけて、あらゆるものを、徐々にゆっくりと死滅させるのだ。~~どんなものも、固有の姿を持ち続けるということはない。番陸奥の更新者である自然が一つの形を別の形につくり変えてゆく。私の言葉を信じてもらいたいのだが、この全世界に、何ひとつ滅びる物はないのだ。様々に変化し、新しい姿をとってゆくというだけのことなのだ。生まれるとは、前とは違ったものになることの始まりをいい、死とは、前と同じ状態をやめることをいう。あちらのものがこちらへ、こちらのものが、あちらへ移行することがあるかもしれないが、しかし、総体からいえば、全ては不変だ。』

■オウィディウス(Publius Ovidius Naso, 紀元前43年3月20日 - 紀元17年)■
『変身物語』と『メーデイア』を除き、すべてエレゲイアの韻律で作られている。『変身物語』は、叙事詩の韻律ヘクサメトロス。作品は、便宜的に第一期、第二期、第三期に分けられる。第三期は、追放後の作品。

第一期
『恋の歌』(Amores): 全3巻(もともと5巻であったものを改訂)
『名婦の書簡』(Heroides): 全21篇
『美顔法』(Medicamina Faciei Feminae): 断片のみ
『恋愛術』(Ars Amatoria):全3巻
『恋愛治療』(Remedia Amoris)
『メーデイア』(Medea): 散逸して現存せず 


第二期
『変身物語』(Metamorphoses): 全15巻
『祭暦』(Fasti): 全12巻(第6巻まで現存)

第三期
『悲しみの歌』(Tristia): 全5巻
『黒海からの手紙』(Ex Ponto): 全4巻
『イービス』(Ibis)

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わぁー!何という輝き!

わぁー!何という輝き!

今朝も、いつもの変わりない
グレーの道路を歩いてた。
皆、仕事に行くから、足早に
前を突き進んでいる。

何のヘンテツも無いいつもの
道なのに、私の視界に、眩し
く光が差し込んで来た!
 
ナ、ナ、ナ、何という輝きが
こんな所に!
昨日までこんな輝きは無かっ
たグレーの道が、今日は光輝
いている。
 
きっと道行く人達に元気と希
望を与えてるのだろうな〜。
 
今日は何て素敵な、ラッキー
な日なのでしょうかo(^-^)o
感謝!

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孔子のコトバにまた感動

「仁」は孔子の中心思想という。
「仁」とは人間がもつ普遍的な愛の心をいうそうだ。

「能く五つの者を天下に行うものを仁となす
 恭・寛・信・敏・恵それなり
 陽貨第十七」

訳) 仁とは何か問うなら、次のことをやっているか。
   恭・寛・信・敏・恵の五つの実践だ。
   それが身につけば、仁とは何かが自然にわかる。

孔子はその定義の前に

「お前たちは実際に、恭・寛・信・敏・恵の五つの徳を日常実践しているか。これが身についているのなら『仁』について当然わかるはずだ」と答えていいます。

・恭 (きょう) は身を慎めば、人から侮られることはない
・寛 (かん) は心を広く持てば、多くの人が集まってくる
・信 (しん )は信用を重んずれば、仕事は任せてもらえる
・敏 (びん) はぐずぐずしないでテキパキと片付ければ
       仕事ははかどる
・恵 (けい) は人に恩恵を与える人ならば、黙っていても
       人を動かせる

そして、孔子は最後に…

「仁は遠からんや。我、仁を欲すれば、ここに仁至る」
                                          (述而第七)

訳)  仁は誰の心にもあり
   仁を願う自分自身の心が呼び起こすものである。

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楽しみを見出せば全てが幸運!!

孔子「論語」
 
 ↓

(原文)
子日、知之者、不如好之者。好之者、不如楽之者。

 ↓

「子の曰わく、これを知る者はこれを好む者に如かず。
これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」

 

楽は好に勝り、好は知に勝る:
「頭で知るだけでは、経験を通して好きになることに及ばない。
好きなだけでは、一心同体となって楽しむことに及ばない」

 ↓

“知っている”というより“好き”だという方が良い仕事が
できるし、更に“楽しく”できれば最高だ。

 
 ↓

楽しく仕事をしよう!!

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約2000年前!オウィディウス「変身物語」の『ピュタゴラスの教え』

オウィディウスの「変身物語」の中に書かれている「ピュタゴラスの教え」(下302頁)を読んだ。今から約2300年も前の人なのに、今での通じる真理を書いていたのだなと感心させられる。その文の一部を紹介する。

野肉を食膳に供にすることを非とした最初の人は、ピュタゴラスだったと書かれている。「人間達よ、忌まわしい食べ物によって、自分のからだを汚すようなことは、しないことだ!…」 

「冷たい死の恐怖におびえている人間達よ、どうしてあの世を恐れるのか!暗闇と、名前だけの虚像を?詩人達のたわごと、架空の世界のあの危難を、どうして怖がるのか?

我々のからだは、火葬堆の炎に焼かれようとも、長い年月のうちに朽ち果てようとも、何の苦しみも受けるものではないと知るべきなのだ霊魂にいたっては、これは死ぬことがなく以前のすみかを去っても、常に新居に迎えられて、そこに生き続け、そこをすみかとする。」

 
万物は変転するが、何一つ滅びはしない。魂はさまよい、こちらからあちらへ、あちらからこちらへと移動して、気に入ったからだに住み着く。獣から人間のからだへ、われわれ人間から獣へと移り、決して滅びはしないのだ

柔らかなロウには新しい型を押すことが出来、従って、それはもとのままではいられないし、いつも同じ形を保つことはできないが、しかし同じロウであることには変わりがない。それと同じように、霊魂も、常に同じものではありながら、いろんな姿の中へ移り住む。

---それが私の説くところだ。そのためには、非道な殺戮によって、われわれの同類というねき魂たちをそのからだから追い出してはならないのだ。生命によって、生命を養うことは許され。」 

つづく…

■オウィディウス(Publius Ovidius Naso, 紀元前43年3月20日 - 紀元17年)■
古代ローマ、「アウグストゥスの世紀」に生きた詩人。中部イタリアのスルモナの生まれで、公職の道を志すが、断念して詩作に従事。 最も有名な作品は、『変身物語』である。

~~余談だが、なんと、彼は夫と月日が同じ誕生日ではないか~。でも、全然違うよぉ~~(^。^;)ゞ~~

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ダブルの虹が見えた職場から

210508_2

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