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大好きな歌を歌うように、安らかに逝った愛しの父③臨終編

翌日、心電図等のデータは極めて悪いが、まだ手足は動
かすし、目も開ける。
ずっと口から栄養を入れていないので、母が心配していた。
父は、氷をいつもいつも欲しがっていたから、少し入れたら
美味しく食べるかも。と、カキ氷位にした小さな氷を口に入
れたら、父は美味しそうに食べた。
 
更に翌日、やはり、データがどんどん弱く低くなった。医者
は、それでも、透析が出来なくなったら、その日か翌日には
峠が来てしまうので、父の生命力の強さには驚いていた。

そして、とうとう最期の日がやってきた。私が九州に来る前
から、長い間 ずっと雨が降ってなく、あちこち断水で、生
活に弊害があるほどの状況だったが、この日は、朝からバケ
ツをこぼした様な土砂降りだった。

朝、血液の混じった嘔吐を2回もした。それから更にどんど
ん弱った。
もう手足の力も弱まった。看護師が一通り、身なりを整えた
後、私は父が今一番安楽で喜ぶことは何だろうかと考えた。
もう、今となっては、呼びかけるのも、苦痛を与えそうな気
がしたので。

そこで、思いついたのは、父の手を触れて、父が大好きだっ
た、よく歌ってくれた歌を歌うのが良いかもしれないと思っ
た。
そこで、私は歌詞の忘れたのはハミングで、知っているのは
耳元で父と一緒に歌った時のことを思い出しながら歌った。

すると父は、うっすら目を開け、口元も少し動いているよう
な、まるで、父も一緒に歌っているような感じだった。その
うち、母もやってきて、母も涙を流しながら一緒に歌った。

姉も帰省し、母、姉、私とで父を囲んだ。弟は仕事の関係で
どうしても訪ずれることができなかった。どんどん心電図等
の波形が悪くなっていった。
 
でも、父はまだ手を少し動かすことができたが、母は、泣き
ながら、

「もう、無理しなくていいよ。お父さん、もう大丈夫だか
らね。私も大丈夫だからね。もう頑張らなくてもいいんよ。」

と言うと、心電図の波形が嵐の津波の様に大きく波打ち、
それから「0」になった。

肉体から完全に魂(生命)が抜けきって出る時というのは、
こういう感じなのだろうか…?

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ありがとうございます。
genさんは17年前にお父様をお別れされたのですね。
去年の危篤時に亡くなっていたら、きっと後悔と悲しみ
が強かったと思いますが、今回は十分できるだけのこと
を皆で行えたので、父にとっても、周りにとっても最高に
安楽で善い最期ではなかったかなと思っています。

投稿: Ahram | 2009年7月17日 (金) 12時00分

17年前に亡くなった父のことと重なりました。。。
お父様本当に使命を完うし心安らかに今はまた皆様の
よりおそばにいてくださいますね。。。
心からご冥福をお祈りいたします。

投稿: GEN | 2009年7月15日 (水) 02時53分

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