文化・芸術

ギリシャ・古代ローマ時代の真理

ギリシャ・古代ローマ時代、オウィディウスの最も有名な作品の『変身物語』の中に

「ピュタゴラスの教え」というのがある。

それは、シェークスピアや、多くの学者や著名人にインスピレーションや影響を強く与えたことで有名である。
 
その中の一節・・・・・・・
 
『この全世界に、恒常なものはないのだ。万物は流転し、万象は、移り変わるように出来ている。『時』さえも、たえず動きながら過ぎてゆく。それは河の流れと同じだ。河もあわただしい時間も、とどまることはできぬ。波は、波に追い立てられる。同じ波が、押しやられながら進みつつ、先行する波を押しやるように、時間も、追われながら、同時に追ってゆく。こうして、それは常に新しい。以前にあったものは捨てられ、いまだなかったものがあらわれるからだ。そして、この運動の全体があらためて繰り返される。』

~~~

『我々自身のからだも、常に休み無く変化している。昨日の我々、今日の我々は、明日の我々ではないのだ。~~おお、物という物を食い尽くす『時』よ!おまえ達は一切を破壊する。時間という歯にかけて、あらゆるものを、徐々にゆっくりと死滅させるのだ。~~どんなものも、固有の姿を持ち続けるということはない。番陸奥の更新者である自然が一つの形を別の形につくり変えてゆく。私の言葉を信じてもらいたいのだが、この全世界に、何ひとつ滅びる物はないのだ。様々に変化し、新しい姿をとってゆくというだけのことなのだ。生まれるとは、前とは違ったものになることの始まりをいい、死とは、前と同じ状態をやめることをいう。あちらのものがこちらへ、こちらのものが、あちらへ移行することがあるかもしれないが、しかし、総体からいえば、全ては不変だ。』

■オウィディウス(Publius Ovidius Naso, 紀元前43年3月20日 - 紀元17年)■
『変身物語』と『メーデイア』を除き、すべてエレゲイアの韻律で作られている。『変身物語』は、叙事詩の韻律ヘクサメトロス。作品は、便宜的に第一期、第二期、第三期に分けられる。第三期は、追放後の作品。

第一期
『恋の歌』(Amores): 全3巻(もともと5巻であったものを改訂)
『名婦の書簡』(Heroides): 全21篇
『美顔法』(Medicamina Faciei Feminae): 断片のみ
『恋愛術』(Ars Amatoria):全3巻
『恋愛治療』(Remedia Amoris)
『メーデイア』(Medea): 散逸して現存せず 


第二期
『変身物語』(Metamorphoses): 全15巻
『祭暦』(Fasti): 全12巻(第6巻まで現存)

第三期
『悲しみの歌』(Tristia): 全5巻
『黒海からの手紙』(Ex Ponto): 全4巻
『イービス』(Ibis)

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孔子のコトバにまた感動

「仁」は孔子の中心思想という。
「仁」とは人間がもつ普遍的な愛の心をいうそうだ。

「能く五つの者を天下に行うものを仁となす
 恭・寛・信・敏・恵それなり
 陽貨第十七」

訳) 仁とは何か問うなら、次のことをやっているか。
   恭・寛・信・敏・恵の五つの実践だ。
   それが身につけば、仁とは何かが自然にわかる。

孔子はその定義の前に

「お前たちは実際に、恭・寛・信・敏・恵の五つの徳を日常実践しているか。これが身についているのなら『仁』について当然わかるはずだ」と答えていいます。

・恭 (きょう) は身を慎めば、人から侮られることはない
・寛 (かん) は心を広く持てば、多くの人が集まってくる
・信 (しん )は信用を重んずれば、仕事は任せてもらえる
・敏 (びん) はぐずぐずしないでテキパキと片付ければ
       仕事ははかどる
・恵 (けい) は人に恩恵を与える人ならば、黙っていても
       人を動かせる

そして、孔子は最後に…

「仁は遠からんや。我、仁を欲すれば、ここに仁至る」
                                          (述而第七)

訳)  仁は誰の心にもあり
   仁を願う自分自身の心が呼び起こすものである。

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約2000年前!オウィディウス「変身物語」の『ピュタゴラスの教え』

オウィディウスの「変身物語」の中に書かれている「ピュタゴラスの教え」(下302頁)を読んだ。今から約2300年も前の人なのに、今での通じる真理を書いていたのだなと感心させられる。その文の一部を紹介する。

野肉を食膳に供にすることを非とした最初の人は、ピュタゴラスだったと書かれている。「人間達よ、忌まわしい食べ物によって、自分のからだを汚すようなことは、しないことだ!…」 

「冷たい死の恐怖におびえている人間達よ、どうしてあの世を恐れるのか!暗闇と、名前だけの虚像を?詩人達のたわごと、架空の世界のあの危難を、どうして怖がるのか?

我々のからだは、火葬堆の炎に焼かれようとも、長い年月のうちに朽ち果てようとも、何の苦しみも受けるものではないと知るべきなのだ霊魂にいたっては、これは死ぬことがなく以前のすみかを去っても、常に新居に迎えられて、そこに生き続け、そこをすみかとする。」

 
万物は変転するが、何一つ滅びはしない。魂はさまよい、こちらからあちらへ、あちらからこちらへと移動して、気に入ったからだに住み着く。獣から人間のからだへ、われわれ人間から獣へと移り、決して滅びはしないのだ

柔らかなロウには新しい型を押すことが出来、従って、それはもとのままではいられないし、いつも同じ形を保つことはできないが、しかし同じロウであることには変わりがない。それと同じように、霊魂も、常に同じものではありながら、いろんな姿の中へ移り住む。

---それが私の説くところだ。そのためには、非道な殺戮によって、われわれの同類というねき魂たちをそのからだから追い出してはならないのだ。生命によって、生命を養うことは許され。」 

つづく…

■オウィディウス(Publius Ovidius Naso, 紀元前43年3月20日 - 紀元17年)■
古代ローマ、「アウグストゥスの世紀」に生きた詩人。中部イタリアのスルモナの生まれで、公職の道を志すが、断念して詩作に従事。 最も有名な作品は、『変身物語』である。

~~余談だが、なんと、彼は夫と月日が同じ誕生日ではないか~。でも、全然違うよぉ~~(^。^;)ゞ~~

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アメリカ文学史 W.アーヴィングの成功販売戦略

Photo アメリカ19世紀前半(第1期ナショナリズム) の作家

ワシントン・アーヴィング Irving Washington (1783-1859)

アーヴィングは、歴史の浅いアメリカ独自の素材の少なさに嘆き、ヨーロッパの古い伝統文化に憧れたが、アメリカの自然を愛した。彼は病気で17年間ヨーロッパに滞在した。ヨーロッパに滞在を生かし、ヨーロッパの民話、童謡、民間伝承を利用し、それらを集めたもので、アメリカ独自の素材で再構成して出版し、ヨーロッパに通用するだけでなく、アメリカでも売れ、国際的に認められた。(The HudsonValley, The Kaatakill Mountains)

スケッチ・ブックの「スリーピー・ホローの伝説 The Legend of Sleepy Hollow」、「リップ・ヴァン・ウインクルRip van Winkle」、「イカボッド・クレーンIchabod Crane」は、神話的人物を想像したが、教訓臭がなく、ユーモアに富む余裕のある文章が魅力と言われる。

THE SKETCH BOOK   THE AUTHOR'S ACCOUNT OF HIMSELF   (1819-20)
                                                            by Washington Irving
                            
;- no, never need an American look beyond his own country for the sublime and beautiful of natural scenery.(アメリカシ゛ンが自分の国以外に崇高で美しい自然を求める必要がどこにもない。しかしながらヨーロッパには物語や詩に読まれることを連想させる魅力がある/鈴木孝訳)
→アメリカは素晴らしい国だなあ…。でもアメリカには文学のための素材が無い。

: Europe was rich in the accumulated treasures of age. Her very ruins told the history of times gone by, and every mouldering stone was a chronicle.(ヨーロッパには蓄積された時代という宝が豊富にある。廃墟さえも過去の歴史を語り、崩れゆくイシノ一つ一つが年代記だった/鈴木孝訳)
→それほどヨーロッパは素晴らしい(憧れ)。ヨーロッパにはかなわない。

アーヴィングで有名なのが、ニッカーボッカーズ(Knickerbockers)である。

私は、むしろ、スケッチブックより、『ニューヨークの歴史(A History of New York)』に大いに興味を持った。
ニッカーボッカーズという名前の由来、1809年にアービングが『ニューヨークの歴史(A History of New York)』という本を書いた時、オランダ系の名前であるディートリヒ・ニッカーボッカーというペンネームを用いた。ニューヨークがオランダ系移民によって構築されたことに由来するようだ。

当時、この本が話題になった理由が、ユニークな宣伝方法(ガイドブック的、パロディー風)にある。

         ↓↓↓↓

「自分の日記を紛失した。どなたか日記を見なかったか?見つけた人には謝礼をする。」

というふれこみで捜索願い風の広告を新聞に掲載した。   

その後、目撃情報を新聞に掲載し、原稿発行記事を掲載した。

その時も、「ついに売り出されますよ…」と、出版告知記事を掲載し、

このユニークなパロディー風の記事が、読者の購買意欲を計ったため、ちまたで話題になったということである。

これは、現在でも販売戦略として利用したら、流行りそうである。この販売戦略方法は登録されたものなのだろうか…。このような団体心理を利用した方法の名称というのもきっとあるのだろうが、その名称を知らない。産業組織心理学分野なのかな…。この分野の話も面白そうである。

http://sc.freehomepage.com/w_irving.html

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サムエル・ウルマン(Samuel Ullmann)の『青春』(Youth)

最近、友人が紹介してくれた、サムエル・ウルマン(Samuel Ullmann)の『青春』(Youth)という詩を読みました。

ダグラス・マッカーサー元帥は詩が好きな人で、この詩を好んでいたと言うことです。お堀端通りの皇居に面した第一生命ビルが第二次世界大戦後、占領軍の本部になっており、その8階に今でもマッカーサーの執務した部屋が記念室(このビルをGHQが接収していた)として保存してあり、そこに、この詩が今も飾られてあるそうです。
この詩は現在までにいらんな方々が訳されています。

私は次の言葉で始まる訳が好きです。

青春、それは人生の或る期間を言うのではなく、心の有様を言う。」岡田義夫訳
              Youth is not a time of life-it is a state of mind.

以下に続く文章も素晴らしいです。

優れた創造力、 逞しき意志、 炎ゆる情熱、 

怯懦を却ける勇猛心、 安易を振り捨てる冒険心,

こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。

理想を失う時に初めて老いがくる。

歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や、 狐疑、 不安、 恐怖、 失望、

こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、

精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。

年は七十であろうと十六であろうと、

その胸中に抱き得るものは何か。

曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、

その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、

事に處する剛毅な挑戦、

小児の如く求めて止まぬ探求心、

人生への歓喜と興味。

人は信念と共に若く

人は自信と共に若く

希望ある限り若く  疑惑と共に老ゆる

恐怖と共に老ゆる

失望と共に老い朽ちる

大地より、 神より、 人より、 美と喜悦、 勇気と壮大、

偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。

これらの霊感が絶え、 悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、

皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば

この時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。」

とても素晴らしい詩で感動しました。こんな風に生きれたらいいですね。人生山あり、谷ありですが、この詩を読むと、そうだ、こんな風に生きれるのだなあと思いました。人生思い方次第ですね。

最近、丁度読んだ谷口清超先生の「心によって環境が変わる」ことばを読みましたので、ことばが心にとても染み入ります。

世を動かす力」世の中は、堅いコンクリートの囲いの中にいるようなものではない。しかしフニャフニャの豆腐の壁で出来ている世の中でもない。丁度よいくらいの固さで、一見変わらないようでも、じわじわと変りつつある壁のようなものである。それを動かしている力は、生命力である。それは心であり、心の「思う方向」に変って行く。「思う方向」というのは、望む方向ではない。「信ずる方向 に変るのだ。望んだり、欲したりする方向に変るのでは不安定であるが、「信ずる方向」は安定している。それ故「何を信ずるか」が最も大切である。(谷口清超著『伸びゆく日々の言葉』八月二日)」

原因はすべて自分の心にある==人間は、心によって自分の運命をつくり出す。周囲が悪いからこんなになったと、人はよく考え勝ちであるが、それでは自分自身の自主性など何処にもないであろう。不足の心は不足の環境を生み出す。この不平不満の心を、感謝の心に変え、“与える心”になると一切がよくなる。 (谷口清超著『善意の世界)」

shine合掌、感謝shine

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万葉集のうた いと麗し~巻第十三 3290

いにしへの 神の時より 逢ひけらし

                今心にも 常忘らえず

【訳】 ずっと遠い昔の神々の時代から、私たちは出会っていたらしい…。
           だから今のいまも 貴方を忘れられないでいるのです。

万葉集の歌~巻第十三 3290  反(かへ)しの歌 (詠み人知らず)

私はこのうたが特に好きです。今も昔も人を愛する心は変わらず続いていることがひしひしと伝わってきます。

最近凄く和歌のうたの節というが音というか、何か懐かしさとともに脳裏に浮かぶのです。
和歌を語るにはかなり、初心者ではありますが…(゜◇゜;)ゞ
和歌って太古の昔から春夏秋冬、風の冷たさ暖かさ、月の光、空の青さ、川の流れやせせらぎ、日差しの眩しさなどは、ずっと変わらず今も続いている…。
何というか時や空間をも超越した大自然の大宇宙の響きのような気がします。
いつか和歌や短歌で思いをつづり語り合えるようになれたらいいな…。
特に古典和歌の恋のうたが好きです。
私もそんな感慨深い和歌がすぐに思い出せるように楽しみながら学んで行きたいと思います。

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伊勢物語 八十二段 渚の院 春の心は

●世の中に  絶えて桜の  なかりせば  春の心は  のどけからまし(伊勢物語 第八十二段)

訳:この世の中にまったく桜というものが無かったならば、春の季節、人は花の散るのを惜しんだり、盛りを見ようと騒いだりすることも無く、のんびりと心穏やかであるだろうになあ。

…という俺の唄に、ある人が返して、

●散ればこそ いとど桜は めでたけれ うき世になにか 久しかるべき(伊勢物語 第八十二段 )

訳:散るからこそいっそう桜は魅力的なものなのですよ。この無常の世に永久にとどまっているものなど何もありません。今この時しかないと思えばこそ、散っていく桜の花のその美しさを味わい愛でるのでしょう。

…と詠んだ。

伊勢物語 伊勢物語〔古典に親しむ〕

伊勢物語(平安時代前期)は、在原業平(825-880)をモデルとしたといわれている短編物語集です。
伊勢物語に登場するエピソードは、殆どが恋愛物語ですが、四季を楽しむ心(惟喬親王と雪月花)や旅の心(東下り)を描いたエピソードも有名です。

下記は、私の好きなうたの中の一部です。
生きとし生けるもの…大自然も人間の生きる道もつながっているのだなあと感慨深いです。桜の花のが散って舞う桃色の世界にタイムスリップして、人と自然の移り変わりを同時に眺めているようです。
昔はちっともわからなかった和歌の世界が、今なぜこんなにも心に響いてくるのでしょうか…。

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恋の和歌 万葉集 久米禅師の恋

弓矢でやりとりをされた恋のやりとりの万葉集で有名なのが、

―久米禅師が石川郎女を娉(つまど)ふ時の歌五首

■禅師■みこもかる信濃の真弓我が引かば貴人(うまひと)さびて否と言はむかも(万2-95)

訳】信濃の檀で作った弓の弦を引くように、私があなたの袖を引いたなら、貴人ぶって、イヤだとおっしゃるでしょうかね。

●郎女● みこもかる信濃の真弓引かずして弦著(をは)くるわざを知ると言はなくに

【訳】信濃の真弓を実際引きもしないで、弦をかける方法を知っているなどと言いません。(私を従えたいのなら、本気でお誘いなさい。)

●郎女● 梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも

【訳】弓を引くように、本気で私を引っ張ったなら、お誘いのままに靡きましょうけれど、一度許したのち、あなたの心はどうなるか、私には判りかねます。

■禅師■ 梓弓弓弦(つらを)取り佩(は)け引く人は後の心を知る人ぞ引く(万2-98)

【訳】弦をつけて梓弓を引く人は、どうなるか判っているからこそ引くのです。そのように、女を誘う男は、先々まで相手の心を読み取った上で誘うのですよ。(私もあなたも、心変わりなどするものですか。)

■禅師■ 東人(あづまと)の荷前(のさき)の箱の荷(に)の緒にも妹が心に乗りにけるかも(万2-99)

【訳】東国の人が献上品の初穂を入れた箱の荷をしばる紐のように、あなたは私の心にすっかり乗りかかってしまった。もう忘れることなど出来ません。

弓矢の先についた手紙を読み、そしてまた返事を書いて、弓矢を放つ姿が目に浮かぶ。恋のうたが弓矢に乗って行き交う…。なんてしゃれているのだろう…。

私は、和歌、(万葉集、(新)古今和歌集)に感慨がある。
特に、恋の歌が面白い。
男女のやりとりは、どんなに時代が変わっても、環境が変わっても、いにしえの大昔から、同じように、恋したり、愛したり、失恋して悲しんだり、淋しくなったり、嫉妬したり、恨んだり、繰り返し行われている。人間の本能とは異なもの味なもの…面白い。

万葉集の時代、普通は和歌を詠む男女は、近くで詠み合うことは御法度だったという。
その時代のアイテムは弓が使われていて、思いを和歌にして紙に書いて細く畳んだ歌を弓に結びつけてやりとりをしていたのだろうといわれている。
想像すると、なんてロマンチックなのでしょう。
現代だったら、手紙かな…、いや、携帯メールでしょう!

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アメリカ文学史とイギリス文学史

最近、アメリカ文学史とイギリス文学史の作品を読んでいる。

アメリカ文学史ではジョナサン・エドワーズベンジャミン・フランクリンの宗教観の違いが面白い。例えば雷がゴロゴロゴロ!!thunder光った時に、ピューリタリズムに活を入れようと大覚醒運動の先頭に立ち、天の道を厳しく説いたジョナサンは「神が怒っている!」と言ったのに対して、避雷針を発明するなど富への道を説いたフランクリンは「あれは電気だから!」と言ったことである。

他に、19世紀半ばアメリカン・ルネッサンス時代のエマソンのトランセンデンタリズム:Transcendentalism (超絶主義)には感銘を受けた。特に天にしか神がいないという時代に、神はいっさいのものの中に存在し、人間の魂にも神性がやどっているので自己の良心の声に従って生きよという思想が素晴らしいと思った。でも、時代的に、都合の良いように楽観的に捕らえて自己中心的な者も現れたりもしたが。個人の中に神が存在するというのはこの時代には画期的だったのだろうと思う。

シカゴ・ルネッサンス時代のシャーウッド・アンダーソンは、英語は間違いだらけで有名だが、彼の作品は時代変えた画期的な作品として絶賛されている。その特徴は、選び取った真理を唯一のものとして主張すればするほど、その狭いものの見方が原因で人からは奇妙に見られることがあるというグロテスク観である。これには考えさせられるものがある。私にはエッシャーのトリックアートを想像させる。

型破りの詩人でベストセラーになったホイットマンディキンソンだが、両者が正反対の思想(楽観的、自由、平等、民主主義、全てを肯定、直線的⇔根暗、奥深い、自己卑下、欠乏の美学、螺旋的)がまた面白い。

ロスト・ジェネレーション時代(1920年代~30年代)ではフィッツジェラルドの時代にマッチした作品は有名でThe Great Gatsbyは映画でも有名。特にヘミングウエイは代表的な作家で、沢山の映画が有名。『誰がために鐘は鳴る』『武器よさらば』『キリマンジャロの雪』が生死がテーマで感動的だったが、『インディアン・キャンプ』は5頁しかないが、深く重く考えさせられる物語だった。

イギリス文学史では、チョーサーのカンタベリー物語が愉快だ。『バースの女房』が特に面白い。映画のストーリーとは全く違うので、映画を見ると幻滅する。特に最後の女房が言った言葉がイキなのだ!!ネタバレになるので読んだ方のお楽しみに!

イギリス文学史の作品は沢山の有名な面白いものが多い。シェークスピアは、韻律が美しく、原文は音楽のように心に響く。現代ならラップというところだろうか。

ミルトンの『楽園の喪失』は男女や夫婦について考えさせられる。もうすぐハリウッドで『楽園の喪失』が映画化されると聞いたので楽しみだ。

スウィフトワーズワスハーディジョイスポターオースティンブロンテ姉妹ディケンズローレンスは好きな作品が多くキリがない!! これらを語ったら、長くなるのでまたの機会にo(*^▽^*)o

C.S.ルイスの作品も『ナルニア物語』で有名だが、私は、彼が最愛の妻ジョイスを亡くしてから執筆した 『悲しみをみつめて』と.『永遠の愛に生きて』の原題『Shadowlands:影の国よさようなら』、『四つの愛』が感動的で、大好きだ。ルイスは宗教学者としても有名だったが、最愛の妻ジョイスを失った時は、神を信じ、説いてきた自分であったのにもかかわらず、苦悩に苛まれる日々だった。そしてそこからどう立ち向かっていったか、この作品から「本当に愛する」ということを、彼なりに導き出したとても参考になる哲学が書かれている。特に愛する人を亡くした人にはこの文学作品はとても感慨深い。

ただし、原文の方がわかりやすい。訳本は、時代が昔なため、少々堅い、日本的表現でわかりにくいところもある。。。。。。<(_ _)>

それから『ハリー・ポッター』は、この『ナルニア物語』に影響されている作品なのだが、世間の人々は『ナルニア物語』が『ハリー・ポッター』のまねをしていると思われているようだ。

長くなったので、今日はここまで゚+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚

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「大和し美わし」という詩を聞いた。

『 大和は 国のまほろば たたなずく
       青垣 山隠(ごも)れる 大和し 美わし 

『古事記』に倭建命(やまとたけるのみこと)の国思歌(くにしのびのうた)

(大和は、国のなかで最も秀(すぐ)れた国だ。重なり合う青い垣根のように、連なる山々に囲まれた大和はなんと美しいところか。)

                                  or

(日本は、国土そのものが活気凛々とした神霊が湧き立つ霊的磁場である。青々とした緑したたる山々に囲まれた日本は実に美しい)

この句は、武尊が東国遠征からの帰途、伊勢国、能襃野に至って、伊勢で亡くなる時に、故郷大和の国を偲んで詠んだ、辞世の句。

古事記の中では、ヤマトタケルが亡くなるときに大和を偲んで歌ったということになってるが、もともとは、「大和で国見をしたときに、大和の国の土地の神様に、今年も農作物がよく取れますように」という願いを込めて、神様を褒め称えた歌なんだそうです。

【聞いた話ですが…】

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    「大和の国は、もう日本中で一番美しい場所です」 

   「どうかこのようにすばらしい土地ですから、秋には

     作物をいっぱい実らせてください。どうぞよろしくお    

         願いいたします。」

という祈りをこめた歌だったんだのだそうですが、いつの間にかに、「ヤマトタケルの絶唱」になったと言われているそうです。

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