文学

感動したマザーテレサの一節

マザーは、常に真の愛を神に捧げ、貧しい人々、病んだ人々、見捨てられた人々、しいたげられた人々に捧げつづけました。マザーは、共に働く神の愛の宣教者たちをやさしく見守り、励ましつづけました。

《それでも》

人々は、理性を失い、非論理的で自己中心的です。

それでも彼らを愛しなさい。

もし、いいことをすれば、人々は自分勝手だとか、何か隠された動機があるはずだ、と非難します。

それでもいい行いをしなさい。

もし、あなたが成功すれば、不実な友と、ほんとうの敵を得てしまうことでしょう。

それでも成功しなさい。

あなたがした、いい行いは、明日には忘れられます。

それでもいい行いをしなさい。

誠実さと親しみやすさは、あなたを容易に傷つけます。

それでも誠実で親しみやすくありなさい。

あなたが歳月を費やして建てた(完成した)物が、一晩で壊されてしまうことになるかもしれません。

それでも建て(完成し)なさい。

ほんとうに助けが必要な人々ですが、彼らを助けたら、彼らに襲われてしまうかもしれません。

それでも彼らを助けなさい。

持っている一番いいものを分け与えると、自分はひどい目にあうかもしれません。

それでも一番いいものを分け与えなさい。

 

[カルカッタの〈孤児の家〉の壁に書かれた言葉より]

マザーは、その一生を、その信仰をとおして、貧しい人々に捧げつくしました。同じく現在世界中にあって、彼女に続く活動をしている何千というシスターやブラザーも、その一生を捧げ続けています。

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日々の祈り ~「観の転換して人生の光明を見る祈り」

最近、毎日毎朝使用している聖典の中で、参考になるご文章を見つけました。
現象世界というのは、実相を顕す世界だからイロイロあるものですよね。
コロコロも変わります。浮き沈みもあります。
 
その中で見つけたのが、

「日々の祈り  神・自然・人間の大調和を祈る」 谷口雅宣(著) 日本教文社

「観の転換して人生の光明を見る祈り」 (…略~もし私が自分の望まない方向へ進んでいると思い、或いは自分の嫌いな行動を強いられていると感じるならば、それは私の潜在意識と現在意識の間に食い違いが生じている証拠です。~略~ 私の周囲の現象世界は、この実相世界を脳と心が解釈したものですから、人間の執着心や脳の状態によって、ゆがんだり、曇って見えたりします。…この「観の転換」が出来れば、私の周囲の世界にはよい現象が自然に顕れてくるのです。それはテレビチャンネルを切り替えれば、切り替えた先の放送局の番組が画面に自然に顕れるのと同じ事です。…自己内在の神性である真善美を自覚する程度にしたがって、周囲の世界にも真実と善と美が顕れてくるのです。)
~続く~

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太宰治の「惚れたが悪いか」 in 河口湖

Photo    「惚れたが悪いか」
「太宰治 ちくま日本文学全集004」            太宰治著 筑摩書房1991年3月20日第一刷発行

散策でハイキングをしていたら、何も知らずに富士山がよく見える山の上の原っぱにたどり着いた。すると、目の前に石碑が。

見てみると、なんと、

「 太宰治 惚れたが悪いか 」

と書かれていた。初めてこの言葉を目にした時、太宰治はなんと、イキな言葉を発することかと、興味深く思った。

家に帰って調べてみたら、これは、太宰治の「かちかち山」という小説のお話だということがわかった。
「かちかち山」というと、誰もが知っている童話が思い出されるだろうが、
太宰治の「かちかち山」は、「本当は恐ろしいグリム童話(ワニ文庫 桐生 操著)」と同様に、かなり、現実的な冷酷さがある。

  (略)ぽかん、ぽかん、と無慈悲の櫂が頭上に降る。
     狸は夕陽にきらきら輝く湖面に浮きつ沈みつ、
     「あいたたた、あいたたた、ひどいじゃないか。
     おれは、お前にどんな悪い事をしたのだ。
     惚れたが悪いか。」
     と言って、ぐっと沈んでそれっきり。
     兎は顔を拭いて、
     「おお、ひどい汗。」と言った。】
                <太宰治『かちかち山』より>

太宰治の『かちかち山』はこんなふうだ。
「惚れたが悪いか」というのは、最後にタヌキが言い残したセリフだった。
女性(少女含)には、このような無慈悲なウサギが住み、
男性にはいつも溺れかかってあがいている善良なタヌキが
住んでいると、太宰治は言いたかったのかもしれない。

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http://b-spot.seesaa.net/article/42452905.html

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大昔の哲学者たちの名言で、問題を解決するコトバ

■"Life is a stage"、人生はドラマ(シェイクスピア)など、
困難を受け容れ、その後どうするか書かれた名言を紹介■

「賢い人たちは座ったまま損失を嘆いたりはしない。
 元気よくその損失をつぐなう方策を探すのだ。」

                
シェークスピア(William Shakespeare1564-1616劇作家)

どんなに考えても過去には戻れない。だから、出来るだけ早く頭の中を未来に切替えよう。
誰にでも苦しくて辛いときがある。失敗を悔やみ、受け入れたくない、認めたくないという気持ちは誰にでも起きるものだ。
失敗や挫折をしたときに、どれだけ早く起き上がれるかを考えよう。
どれだけその葛藤のプロセスを、できるだけ早く通り過ぎることができるかで、違いが出てくる。いつまでもそこで倒れたままになっているか、それとも、未来に目を向け今すぐ立ち上がるかで、明日が変わってくる。

苦しくて辛い時、現状を全て認め、受け入れると、
     次にできる事は何ですか?
     それを乗り越える為に心がけている事は何ですか?■

「最大の名誉は決して倒れないことではない。
 倒れるたびに起き上がることである。」
 
        孔子(思想家、儒家始祖、BC.551-479)

「私達はこの世では大きいことはできません。
 小さなことを大きな愛でするだけです。 」
 
        マザー・テレサ(Mother Teresa1910-1997カトリック教会の修道女、「神の愛の宣教者会」の創立者)

「この世で一番難しいのは、新しい考えを
  受け入れることではなく、古い考えを忘れることだ。」

        ケインズ(John Maynard Keynes 1883 - 1946資本経済学者)

古い考えにこだわっていては、新しいものをなかなか受け入れられない。
まず今まで疑うことなくやっていたことを、もう一度見つめなおしてみよう。
それは自分の周りの狭い範囲だけでの常識かもしれない。

■「今までやってきたのだから、これが正しい」と思っていることは何ですか?■

「シェークスピアを研究しても、
 シェークスピアにはなれないのです。
 シェークスピアになるためには、
 シェークスピアたる思考を
 身につけなくてはなりません
。」

        
エマーソン(Ralph Waldo Emerson 1803 - 1882哲学者、牧師)

知識も大切だけれども、考え方を身につけることを意識してみよう。
考え方を身につければ、自分自身の場合や違う状況でも応用することができる。
その時だけの知識や行動ではなく、ずっと使える考え方を身につけよう。

このシェークスピアの部分を自分の尊敬するする人に変えて言ってみたら、臨場感を持って、なるほど~、と思いが深くなるだろう…。

尊師がご生誕されるずっと大昔から、名言は沢山残されている。

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『ブタのいどころ』こりゃまた納得!

Buta

これがまた、なかなか奥が深くて『真理』だな〜、とつくづく思うよ。
自分に自信がないから自分を見るのが怖いんだね。
そうやって怖いから自分から逃げてばかりなんだね。
じゃあ、逃げずに勇気持って、じっくり、自分を見つめてあげるにはどうしたらいい?

『荒野でも
 砂漠でもない
 
  ものがあふれている
 
 道が無いんじゃなくて
 道が見えない…』

 
(メディアファクトリー出版、小泉吉宏著『ブタのいどこ』)

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『ブタのいどこ』の本が面白い!

Photo_2 メディアファクトリー出版の小泉吉宏著『ブタのいどこ』を読んだ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4840107874/

4コマ漫画になってるが奥が深い。

以前小泉氏は『ブッタとシッタカブッタ』を出版して無茶苦茶有名になり、今でもファンが多い。この『ブタのいどこ』は姉妹篇と書かれている。 
第2章「理想」の21ページにこの貼付ストーリーはある。
 
たしかにうなずける。「理想」が大きいと、いつのまにかに、責めたり、裁いたり、縛ったりする。しかも「理想」の強い自分なら、自分さえも攻撃してくるのもわかる。  
「理想」だけじゃ生きられない。現象の事実も受け入れなきゃ。
 

Bu_4 同20ページには、

「あるところに、理想の生き方をしようと決意した花がいた」

「豊かな地ではなく、
砂漠の中で生きてこそ、花の生を悟れると信じた」
 
「やせても、枯れても、理想を生きるべきだ!!」
 
「そして、枯れた。」

そして第16章113ページもまた奥深い。

カイカブッタ 「ああ…、夢も希望もない…」
 
ブッタ         「絶望しているのか?」
 
カイカブッタ 「はい…」
 
ブッタ         「まだ希望が残っているから絶望するんじゃ」
 
カイカブッタ  「…」
 
ブッタ         「心の中の希望がみんな無くなれば絶望もなくなるよ」
 
カイカブッタ  「…。」

 
更に続けてシッタカブッタは
希望明日を約束してくれないのに、希望に振り回されて、という時間を忘れちゃうことってあるよね。
という時間をさ…』

『…』

『そうだよな…
過去という時間に対して希望を抱かないよな…』

悲しみも怒りも屈辱も起きない為なら喜びも嬉しさも楽しさもいらない。何も感じない空気のような心でありたい…。

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ヘンリーⅧ世の妃たち

6 ヘンリー8世の6人の妻(妃)たち

(1)キャサリン・オブ・アラゴン(Catherine of Aragon, 1485-1536) 1509年結婚、1533年離婚
はじめアーサー王太子妃。死別後、その弟ヘンリーと再婚。メアリ1世の母。結婚から20年余りを経た後に離婚。

(2)アン・ブーリン(Anne Boleyn, 1507- 1536) 1533年結婚、1536年離婚
エリザベス1世の母。元はキャサリン・オブ・アラゴンの侍女。離婚後にロンドン塔で刑死。

(3)ジェーン・シーモア(Jane Seymour, 1509- 1537) 1536年結婚、1537年死去
エドワード6世の母。元はアン・ブーリンの侍女。エドワード出産後に産褥死。

(4)アン・オブ・クレーヴズ(Anne of Cleves, 1515- 1557) 1540年結婚、同年離婚
ユーリヒ=クレーフェ=ベルク公ヨハン3世の娘。結婚後6ヶ月で離婚。
肖像画があまりにも美化されていたため、初対面時にヘンリーが激怒したというエピソードが残されている。

(5)キャサリン・ハワード(Katherine Howard, 1521 - 1542) 1540年結婚、1542年離婚
アン・ブーリンの従妹。結婚1年半後に反逆罪で刑死。

(6)キャサリン・パー(Catherine Parr, 1512 - 1548) 1543年結婚、1547年夫と死別
学識高く、メアリー、エドワード、エリザベスの教育係も務めた。結婚3年半目にヘンリーと死別。

ヘンリー8世はイギリスでは「率直王」というあだ名で呼ばれている。
彼は教育係から叱られる時も、側近の者が代わりに鞭で打たれたというほど甘やかされて育ったワガママ子供だったという。
といっても、音楽を好み、10歳でフルート、ビオラ、ハープを演奏できたという。普通なら一流の側近やら教育係からいつも囲まれて、嫌がって離れるところだが、そんな年で天才時ともいえるほど音楽を追求したり自由に楽しめたのだからやはり素質はあるのだろう。それと次男ということで、跡継ぎの大きな責任を一気に背負うことが無かったことからも自由に何でも好き勝手に生きることができたのであろう。
 
その素質で他に絵画やら文学やらあらゆる芸術にも意欲的に興味を持って超越でき、更にスポーツ万能で言語も多数操れ、決して甘やかされたバカボンボンではなかったようだ。全てに超越できることに楽しみを感じていたのだから、自分自身人生に無駄無くやりたいことを有意義に送ることに率直に素直に取り組めたのだろう。
 
権力や財力があっても、それを有意義に上手にうまくマネージメント出来ない者だって沢山いる。しかし、ヘンリーはそれを断固としてうまくやり抜こうとした。例え、周りを困らせたり、迷惑かけたりしても、自分に忠実に正直に素直に生きたし、それが許され生きることができた。そういう星のもとに生まれたのだ。

しかし、その何でも出来る能力が災いにもなる。自分があまりにも能力があると傲慢になってしまい、自分より秀でる者があれば、もう許せない。今まで甘やかされて育った分、自分より強い者に対しては影で操作する。
 
ところが、芸術的な者はそう簡単に誰でも努力で追いつくことができないばかりか、その能力は多くの者を癒す働きがあるので、ヘンリーもその偉大な芸術から沢山癒された。その為一流の天才的芸術家を処刑することは出来なかった。

それにしても、ヘンリー8世は側室を持たずに離婚して結婚するところがまた凄い。何も殺すまでしなくてもいいのにと思うが、「権力」というものは何でもOK自由自在なのだな。「権力は」は無関心にはならないので、愛と裏表の関係なのかもしれない。

「当たり前」を「権力」を使って、歴史的全く新しい、現代にまで伝えられるほどのものを作ってしまうのだから、その力は壮絶だ。ただし、今のイギリスは結婚しないで同棲を生涯貫くのが当たり前になっている。

6人の妻たちは、無実の罪で処刑されり、離婚したりもあったが、それでも英国王妃として現代まで英雄のように有名で忘れられない存在であるので、やはりそれは凄いことだし、権力のおかげでもあるのだろう。
 
ヘンリーが好きになった女性達はどことなく、母エリザベス・オブ・ヨークに似ているような…。ヘンリーの母はヘンリーが13歳の時に亡くなる。(1503年エリザベス37歳の時、7度目の出産の際に死去し、その時生まれた四女もまもなく亡くなった)  

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ヘンリー8世の妻たち…最後の妻:第6夫人キャサリン・パー

Photo キャサリン・パー(Catherine Parr,1512-1548)
イングランド王ヘンリー8世の最後の王妃(6番目)

キャサリン・パーは、16歳で最初の結婚、21歳で2度目結婚をしたものの、いずれの夫も病死している。

5番目王妃処刑後翌年ヘンリー8世が51歳の、キャサリン・パーが31歳で結婚。

キャサリン・パーは、王の3人目の妻ジェーン・シーモアの次兄トーマスと交際を始めていたが、ヘンリーは、トーマスを公務で海外に送ってしまい、結婚に至った。

キャサリリン・パーは、ヘンリーと対等に学術談義ができるだけの知性(文学、芸術、音楽等)を持ち、特に神学についての造詣が深かった。やっと、ヘンリーは話しが合う女性と出会った。そのため、ヘンリーはキャサリンにエドワード(後のエドワード6世)や、エリザベス(後のエリザベス1世)や、メアリー(後のスコットランド王妃メアリー1世BloodyMary)の養育係を任された。キャサリンはヘンリーの子女たちを自分の子のように愛し可愛がったので、皆、優しい継母を敬愛していた。また、キャサリンは、当時私生児の身分に落とされていたメアリーとエリザベスの姉妹を、王女の地位に戻すことを王に嘆願して許された。
キャサリンの愛と力なくして、エリザベス1世は生み出すことは出来なかったという。

キャサリンは、晩年病気に悩まされたヘンリーの看護にも熱心であったため、ヘンリーの信頼を得、結婚後の翌年に、ヘンリーがフランス遠征をした3ヶ月間、君主代理を任されるほどであった。また、イングランド女王・王妃として初めて著書を上梓したのもキャサリン・パーである。

宗教改革によりカトリックと英国国教会の対立が止まない時代、キャサリンが神学への興味からルターによる福音主義の教義を勉強していたことから、カトリック司祭らの怒りを買い、キャサリンが異端者であるという報告がヘンリーにもたらされてしまうと、キャサリンの身にも危険が及んだが、キャサリンの人徳や、彼女はすでに証拠となりうる書物を処分しており、王に対して自らの信仰の潔白を説いていた。実際、捕吏が夫妻のもとへ赴いていたが、ヘンリーがそれを追い払ってキャサリンは救われた。

ヘンリーとの結婚4年後、ついにヘンリーは56歳で亡くなる。(持病であったリューマチ、腫瘍、梅毒他が悪化)
それから5ヶ月後、キャサリンは周囲の動揺と反対を押し切るように、かつての恋人、海軍司令長官トマス・シーモアと再婚し、翌年女児が誕生したが、その翌月キャサリンは産褥感染症にかかり亡くなった。

~~教養は身を助けるけれど、最後はやはり悲しかった。愛する子供を残して亡くなるのは身を切る思いだっただろう。子供と引き替えに自分が亡くなったようなものだ。ヘンリーの最後も怨念のごとく病気に苛まれたようだが、それでもキャサリン・パーに手厚く見守られて亡くなったというのだから、例えおぞましい病気で亡くなるとはいえ、地位と名誉と手厚く見守ってくれるものを揃えて最期を飾られたのはラッキーな境遇なのかもしれない…~~

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ヘンリーの妻たち…第5夫人キャサリン・ハワード…Part.2

Photo_3 キャサリンが夫ヘンリー8世に直訴しようとしたハンプトン・コート宮殿Hampton Court Palace の廊下は、今はキャサリンの幽霊が無実を訴えようと出没する怪奇スポット「ホーンテッド・ギャラリー」(幽霊の廊下)として、世界的に知られているので、4番目の妻よりも、5番目の妻の方がいまだに世界中の人達から忘れられない存在となっているのかもしれない。
このキャサリンの幽霊で、金儲けしている業界は、見返りにキャサリンがもっと喜びそうなことをしなければならないかもしれないんじゃないだろうか…。

それにしても、ロンドン塔では数多くの者が処刑されているので、数多くの亡霊がいるといわれている。現在は刑務所であり、観光名所となっている。

次回は、最後に、最もヘンリーから信頼され、長生きした第6夫人キャサリン・バーについて。

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ヘンリー8世の妻たち…第5夫人の悲劇…Part.1

5 キャサリン・ハワード(Katherine Howard, 1521年-1542)5番目の王妃(1540年結婚、1542年離婚)。
                                           ヘンリー8世は前王妃アン・オブ・クレーヴズ(4番目)と離婚して5番目のキャサリンと再婚したが、キャサリンは前の恋人の従兄弟のトマス・カルペパーフランシス・デラハムらと交流があったため、ヘンリーに「不義密通」を疑われ、逮捕された。キャサリン本人は密通を否定した。しかし聞き入れられず、事実は曖昧なまま処刑された。

~~~ま、この時代ではよくあることで、難くせつけて殺しちゃうってのは当たり前!!しかも権力者は優位なので、朝飯前!!だから、運が悪かったというしかないね。最悪だぁ~~~

キャサリンは、第2王妃アン・ブーリンと従姉妹(第2夫人の母の姉の子)の間柄。
貴族の娘に生まれた宿命としてキャサリンは、第4王妃アン・オブ・クレーヴの侍女として仕えた。しかし、ヘンリー8世は、第4王妃アンに失望していたので、キャサリンを見かけて、たちまち恋に落ちてしまった。ヘンリー50歳、かたやキャサリン18歳、2倍以上の年の差があった。今回の結婚式も派手な戴冠式はやらなかった。

キャサリンは王妃になってからも、本心は恋人のトーマス・カルペパーとフランシス・デラハムとの間で揺れ動いていたようだが、 (1541年8月、キャサリンの手紙より) 実際は、王妃になってからは不倫の事実はないが、当時は"気に入られなければ、もしくは疑われたら、すぐに拷問処刑"が当たり前。誰もが自分や自分の家族だけは救われたいから、キャサリンを擁護する者も、無実を証言する者もいなかった。

キャサリンは11月22日、王妃の称号を剥奪され、2日後「abominable, base, carnal,
voluptuous and vicious life(非常に不愉快で卑しく汚らわしく、淫乱な生活)の罪で
起訴された。

キャサリンは誰をも傷つけず、誰の死も望んでいなかったにもかかわらず、ヘンリーやその他の陰謀によって、必要以上に悪女化された。
キャサリンの死後、証拠も無いのに、いろんな男と寝る尻軽女であるかの如く語られたりしている。最も尻軽なのは、ヘンリーなのにも関わらず…。おかしな話だ。
アン・ブーリンが罪もない前王妃やメアリー王女の死を望み、実際暗殺を企てているのに対し、キャサリンは、あまりに善良で無邪気だったという。実際にはキャサリンは、義理の娘であるメアリーに、同年代の友達のように話しかける明るい女性だった。

~~今も昔も、どの世界でも、表は天使のように、清く美しく微笑みを交わし、内には邪悪卑劣極悪非道の悪魔を強烈に持っている方が、認められ、悪いイメージを与えないむしろ可愛そうな美しき女性として伝えれられるのは、この現象世界といいうものなのだろう…。~~

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